プーケット、Patong発 JAJAの世界流離記
プーケット、パトンに住んでました。2009年2月からはプーを離れ色んなところをウロチョロしてます。タイネタが殆どです。
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ブリスベンでの時間
すし屋では寿司を巻くスピードがスピードでもっとスピーディーに
と言われ、タイ料理屋では、早口でなに語だかわかんない中
仕事をしています。
うまく行ってないといえばそうですが、日本で言うスランプなのかも
しれません。でもスランプって言うのは慰めの言葉で実は
自分の力がないだけなんですけどね。

一つの失敗は、僕がタイ語が出来る人だと思われていて、
全員に全部タイ語で話しかけられていることです。
もちろん、僕は全部は理解していません。

よく、「わかっていない人はハイ、と答え、解る人はちゃんと
解らないと言う」
と言いますがその通りで僕は今タイ料理屋で
ただ相槌を打つ理解度の少ない生徒みたいになって
しまっていたのです。

僕には荷が重すぎたのではないかとちょっと思いました。
もう一人いるフィリピン人の女性はもうここで2年も
働いていてみんなからは英語で話しかけられ、ちゃんと
「揚場はフィリピンのエバちゃん」みたいなポジションが
あります。
エバさんは子供が5人もいます。英語も上手。
こんなに物価が高い国で5人も子供を育てるなんて、
この人がすごいのか、この人の旦那が凄いのか
僕には関係ありませんがそれでも楽しそうに働いてるから
尊敬します。
たまにフィリピンのエバさんはタイ人女性を僻んで
口喧嘩をしたりしてますが、それを見てても楽しいし、
なんというか強か(したたか)さを感じます。

僕は、解ってないくせに、どこが解らないのか解らないまま
時間が過ぎていくので成長が遅いのです。

あぁ、クビになるまで、なんとかお給料だけちゃっかり
稼いでやろうかと、また逃げ腰になってたそんな昨日、
ボスと2店舗めのオバちゃんシェフが
「あんたは来週からフライ場教えるからこっちの店に来なさい」

だって。窓際族に左遷されるかと思ったら
メインディッシュを作らされることに、、、、。

わかりません。これがタイ流の虐めかもしれませんが、
僕は、日本でバイトしてたときはとにかく、このフライ場は
炒飯とはメーンを作る場所で下っ端は立つこともない場所
なはずなのに、、、、
まったく意味が解らん。
昨日「あんたは包丁の握り方が変だよ」って言われたばかりなのに。。。。

変なら初日から言えよ、なんで今頃になって、、、。

気づくの遅くねぇか。。
でもそれは真実で僕はご飯を食べるときは左利きで、それ以外は
右利きなのでとっさに左手だったり右手だったり、、、、
仕事をしてる途中に手を左右変えたりする癖があって
それが、ちゃんとしないと後々、癖を戻しにくくなるんです。

まぁいいや。こんなことブログに書いたって、だから何だよって
感じなんでもう辞めにしますが、
「ピンチはチャンス」で「チャンスはピンチ」なんで
がんばろーと思いました。
将来料理人に成る気は一切ありませんが、俺が作った
炒飯がこの店では1000円以上の値段で売られることになる。

恐ろしい事だ。

最近、日本ではライアーゲーム2というドラマが始まっているはずです。

僕は先日、「コードブルー」って医者のドラマを見て泣きました。

日本のドラマで泣いたのは生まれて初めてかもしれません。

今、日本では、アラガキユイ、とトダエリカ?とアヤセハルカが
熱い!ってことをオーストラリア人に教えて貰いました。
アラガキユイは「ガッキー」っていうらしいですね。。。

今夜は「サムライハイスクール」を見ます。
しかも英語字幕付です。

また来週!

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テーマ:海外生活 - ジャンル:海外情報

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