プーケット、Patong発 JAJAの世界流離記
プーケット、パトンに住んでました。2009年2月からはプーを離れ色んなところをウロチョロしてます。タイネタが殆どです。
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とどめの ナコーンラーチャシーマー(コラート)県!
ジウさん家族の企てで強引にコラートに立ち寄ることになりました。

コラートはバンコクからイサーンに向かう玄関口。
イサーンだと思って馬鹿にしちゃいけませんよ!
かなりのビッグシティーで意外さにびっくりしました。

中心部はかなり栄えていて遊び場もかなりあり、
チェーンでない日本食料理屋が結構あった所から察するに
かなりの日本人も住んでいるはず、、、そうそう、周りには
工業地帯っぽいところがありましたので日本企業も
かなり入っているのでは。。。


昨晩飲んだおじちゃんとおばちゃんの娘に無理やり会わされることに
なったのです。
冗談半分なので別にどうでも良かったんですけど、、、
でも街が栄えててちょっと「来て良かった☆」と思いました。

コラートのバスターミナルで待つこと20分。
迎えに来たのは昨晩飲んだおじちゃんとオバちゃんの顔を
足して2で割ったような女の子が迎えに来ました。

見えた瞬間、絶対この子だと思いました。

「まぁ、、マイスワイ だけど ナーニサイディー」、、、、

ということで定番のクンカタを食べにいったんですけど
ここがまたすごい綺麗なところで今までいった中で
一番規模も大きくて食べ物の種類も豊富じゃないですか!
しかもここの人々、、イサーン弁じゃなくて標準語です。

話によるとイサーンでも栄えた都市の中心は標準語が
普通なんだそうです。
ウボンやコンケーンもそうだそうです。

で、、その周りにはコヨーテパブとか洒落たバーカラオケが並んでて、、

「ちょっとトイレ行ってきます」とか言いながらそっちに
行きたかったんですけどそんな勇気もなくて、、
結局目の前の肉を焼いて食べることに落ち着いたのです。

いや、正直コラートはお洒落な若者が沢山いて、
ちょうどド田舎から出てきたオイラにとっては軽く
刺激的でありました。

親戚のオバちゃんらしい家に泊めてもらったんですけど、
オバちゃんに
「一人で寝れるかい?」と質問され
「大丈夫です」
と答えましたが心底内心は

「お願いだから一人で寝せてくれぇ~、一人になりたいよ~」
と願っていたのでした。。。

不在中の17歳の少年の部屋に泊めてもらったんですけど
部屋にはIbanezのギターが3本とアコースティックギターが
5本ありました。
タイの17歳の部屋にギターが8本!?とちょっと
興奮して、、、、

実は昔ちょっとバンドやってた僕としてはその百姓の娘さんとより
この少年とちょっと飲みたかったなぁというのが本音。。

次の日、バンコクへ帰るためにまたバスターミナルへ
向かう途中にその不良少年とすれ違ったのでした。。

あぁ、僕のイサーン旅行、、楽しかったな。。

また来たいなと思うタイのローカル道でした。


次回ヤスートーンに行った時は地元の中学校で
一緒に授業受けたり日本語教えたりしてOKだそうですので
機会があればまた行こうかと思いました。

では、ちょっと街の風景をご覧ください↓↓

gyguhk
(ヤモー アヌゥサワリー、コラートを象徴する記念碑)
この周りには商店街みたいなところもあります。

gjufhk
(バングラデシュみたいにリキシャが走ってる!
普通に「サムロー」で通じます)

ihlo
(なんでもない街の道路、日本食居酒屋も数件見ました)


その後、無事にバンコクへ到着し、、、、、

オース行きのビザ申請をしたり、、、

本日からワットポーでタイマッサージのベーシック習ってます。


じゃぁ次回はタイマッサージ編で☆





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