プーケット、Patong発 JAJAの世界流離記
プーケット、パトンに住んでました。2009年2月からはプーを離れ色んなところをウロチョロしてます。タイネタが殆どです。
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行ってどうなるヤスートーン県!
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(僕が寝泊りした家)

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(美しい鶏たち)

久しぶりです。イサーン地方で苗植えしてきたJAJAです。
いやぁ、田舎の暮らしは最高でした。今回僕を招いてくれたのは
友人のジウさん(40歳)で実家には娘やお母さんや、親戚が
うじゃうじゃいる大家族でした。
しかも面白いことに、前回ムクダーハン県と伝えましたがあれは、
ジウさんの見栄っぱりで実はもっとマイナーなヤスートーン県でした。

まぁ、ムクダーハン自体日本人の方で知ってる人かなり
レアだと思いますけどね(笑)
佐賀県出身の僕が、出身聞かれて「えぇ、福岡の近くです!」
て答えるような感じですね、

イサーン(タイの東北エリア)それは延々と続く田んぼ道。
モーチッバスターミナルからナコーンラチャシマを超えると
何時間も田んぼが続きます。
お米、もち米、サトウキビ、野菜Etc,,,.が豊富な土地で。
鶏や牛やアヒルとかと人々が一緒に生活をしていました。

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上は、13歳のインちゃん(娘)と姪のファンタ(4歳)
この家族は生まれてくる子が全部女性で、ジウさんも女姉妹で
お母さんは7人姉妹全部女!ジウの子供も二人女で、
妹の子供も女。。。。。。

タイって何でこんなに女性が生まれる確立高いんでしょうか。
しかもその少ない男性の中からオカマの数世界一になるって
ことは、もともと6割が女性だとして、7割が女性系ってこと!?

田舎道を歩いているとやっぱり変声期を迎えた年頃の男の子が
いましたが、驚くなかれオカマの予備軍でした。

すごいぞこの文化!

朝からカオニャオ、ラープムー、
昼はソムタム、ガイヤーン、
夜は親戚だか誰だか知らない人が集まって宴会。

ていう4日間でした。

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(家族の方々との食事)

この村には、外国人はきっと僕くらいじゃなかっただろうか、
道を歩いてると目面しい目で見られます。

プーケットとはまるで国が違うみたいですよほんとに。。。

朝から田んぼにて農作業。

昼は、学校をサボっているのか本当に休みなのか
僕の相手をしてくれる子供たちに英語を教えたりして
のんびりしました。

(何故日本語を教えないかというと、日本に連れてって、て
しつこくおねだりされるのが面倒だからです)



kiytk
(最近はKUBOTAの耕運機がタイの農業も浸透してて、
苗植えは手でやりますが、稲刈りは機械と手作業、
水牛を使う人はほとんどみなくなり、牛たちも仕事がなくて
暇そうでした)

日本のKUBOTA は「クボター」と(ター)にアクセントがつきます。
田舎の人はトヨタよりも、ホンダよりも、ニッサンよりも、
クボターに詳しいのです。

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(苗植えをする僕とおじちゃんとおばちゃん)
サングラス以外は中学生から借りた服でピチピチ(笑)


小学校の理科の授業以来の苗植え。
いやぁ、2、30分で汗だくだく、、、おじちゃんと
おばちゃんはかなりスピーディーにかつ綺麗に苗を
植えていきます。

「タムナー(農作業)は楽しいかい?」というおばちゃんの
質問に「サヌック」と答えてしまった僕はこの後、
面倒なことになるのでした。。。

ということで、ヤスートーン県でした!

すごく楽しかった、

40年前の佐賀県って感じでした(笑)

では、次はムクダーハンについて、、、。






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